USエアウェイズ1549便不時着水事故

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USエアウェイズ1549便不時着水事故(USエアウェイズ1549びんふじちゃくすいじこ)は、2009年1月15日午後3時30分頃(東部標準時UTC-5))に、ニューヨーク発シャーロット経由シアトル行きのUSエアウェイズ(現:アメリカン航空)1549便が、ニューヨーク市マンハッタン区付近のハドソン川に不時着水した航空事故

離陸してから着水までわずか5分間での出来事であり、乗員・乗客全員が無事に生還したことから、当時ニューヨーク州知事であったデビッド・パターソンは、この件を34丁目の奇跡に因んで「ハドソン川の奇跡」(Miracle on the Hudson) と呼び称賛した[2][3]

当該機の着水地点は機長の判断通りに水上タクシー観光船マンハッタン島とニュージャージーを結ぶ水上バスのマンハッタン側の発着場に近く、またニューヨーク市消防局アメリカ沿岸警備隊の警戒船や消防艇が停泊する港に近かった。

偶然付近を航行中の通勤フェリーを操舵していたヴィンセント=ロンバーティが着水4分20秒後に現場に到着して即座に救助にあたり、後を追うように水上タクシーと沿岸警備隊や消防の船が救助活動にあたった。機内の捜索のための潜水要員も警察からヘリコプターで向かい、空気ボンベを外して6mの高さからダイブしている。乗客に向けてライフジャケットを投げる様子も見られた[9]

また、ニュージャージー側からも救助の船が駆けつけた。ニューヨークの中心部であるマンハッタン島に近く、迅速に活動できる船舶が多かったことも、機体が沈んでしまう前に全乗員乗客の避難を完了させることにつながった。在ニューヨーク日本国総領事館は、当日中に搭乗していた邦人2人の生存を確認している[10]

当初は航空機を狙ったテロだと考えられていたが、アメリカ合衆国国土安全保障省によってそれは否定された[11]

事故の原因は、エンジンに複数のカナダガンが吸い込まれたことである。このカナダガンは成長した大型(最低でも4kg)のものだった。これによりエンジン内部のコンプレッサー部分が致命的なダメージを受けたため、エンジンを再起動できなかった。ただし、回収されたフライト・データ・レコーダーの解析では、右エンジンはフレーム・アウトしたが左エンジンは完全にはフレーム・アウトせず、このため飛行速度が低かったもののウィンドミル状態[注釈 2]に近く、付随するオルタネーターが操縦等に必要な電力を賄える程度の回転数は保たれていた事が確認された[注釈 3]

エンジン停止後、機長は当時のチェックリスト内では優先度が低かったAPUの起動を即座に行った。次に操縦を交代し、副操縦士はQRH(クイック・リファレンス・ハンドブック)を開き、エンジン停止時の対処を始めたが、このチェックリストは機体が高度2万フィート以上にいる場合の想定で作られていたため、とても長く、全項目を完了させるには時間が足りなかった。また、パイロット達は、エンジンが再始動不可能なまでに致命的に損傷していたことを把握できていなかった。

緊急着水の項目は最後のページに書かれていたため、同機に搭載されていた浸水を防ぐための与圧用リリーフバルブを強制的に閉じるスイッチが押されることはなかった。一方、APUの起動が早かったことが功を奏し、飛行制御コンピューターへの電力は失われずに済んだ。これがパイロットの操作を補助したことにより失速を回避し、搭乗者の生存率を上げていた。

事故調査の過程で米国家運輸安全委員会が行ったフライトシミュレーションでは、エンジン停止後にすぐに空港へ引き返していた場合は、緊急着陸は可能だったことが判明している。しかし、「シミュレーション中にパイロットが行った即時の旋回は、鳥の衝突を認識して一連の行動を決定するために必要な時間遅延などの現実世界の考慮事項を反映または考慮していなかった。 」とし、シミュレーションは非現実的なものとした。実際には、事故機のパイロットたちは訓練通りQRHを実施し、また管制官の指示を受けて空港への引き返しを始めた時にはエンジンが停止してから既に30〜40秒ほど経過していた。そこで、35秒の遅延時間を挿入し再度シミュレーションを実施したところ、これに参加したパイロットたち全員が空港到着前に機体を墜落させる結果となった。中には市街地に墜落したパターンもあり、地上の被害も出ていた可能性も示唆された。

以上のことから、委員会は最終的に、機長が正しい決定を行ったと判断した[12]

サレンバーガー機長は様々な表彰を受け、事故の5日後に行われたオバマ大統領の就任式にも招待された。

【】内は英語の原文で、15時27分50秒の#は不明瞭な発言を示す。交信などで便名が間違っているものもあるが、そのまま示してある。また、一部省略した部分もある[18]。日本語のサイトではカクタスをサボテンと表記するものもある[19]。なお、これらの記録は連邦航空局が2009年2月5日に発表したものがある[20]

フラップ格納、離陸後チェックリスト【flaps up please, after takeoff checklist.】

OK、ええ、右側にあるのはテターボロ空港【ok yeah, off your right side is Teterboro airport.】

OK、テターボロのどの滑走路に着陸したい?【kay which runway would you like at Teterboro?】

マンハッタンのバッテリー・パーク・シティの岸に係留されている機体。

ハドソン川から引き上げられた機体。

機体番号「N106US」。番号の下にNTSBよる青色のマーキングがかすかに見える。

ハドソン川から引き上げられた同機左エンジンから見つかった鳥の羽根。アメリカ合衆国、国家運輸安全委員会2009年2月4日発表資料による。

調査のために切り開かれた機体後部。圧力隔壁が見える。

着水時に大きく破損した機体底部。NTSBによるマーキングが見える。

激しく損傷したオルタネーター

機体と外された車輪。

左側が機長席。写っていないが機長席、副操縦士席の両サイドの窓は着水時の衝撃でクモの巣状にヒビが入っている。

ファーストクラス。天井までほぼ水没したため、内部は汚泥にまみれ、博物館移送時までそのままになっていた。

NTSBによる調査後倉庫に保管された機体胴体部。調査のため翼などは切り離された。

カロライナス航空博物館に展示された1549便の荷物タグ。

2001年にラガーディア空港で撮影された事故機
事故時の塗装
サレンバーガー機長(左)とスカイルズ副操縦士(右)
飛行経路:同機は離陸後、北北西方向に向かい、その後反時計回りに旋回してハドソン川に沿って南下した。
ハドソン川に浮かぶ機体。機体前部と尾翼部分が見える。アメリカ沿岸警備隊FDNYNYPD、フェリーに取り囲まれている。
3:31:02 pmの不時着水と救助:沿岸警備隊のビデオ。(長さ 8:07)
不時着水から20分後のビデオ。何隻もの船舶が救助に集まっている。
カロライナス航空博物館で6月11日に開かれた、元乗員・元乗客ほか数百人を招待した移送完了パーティーでのサレンバーガー元[注釈 4]機長(中央で手前を向く白髪の人物)。
パーティーでのスカイルズ副操縦士(左)とサレンバーガー元機長(右)。