東京消防庁

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東京消防庁(とうきょうしょうぼうちょう、: Tokyo Fire Department略称: TFD)は、東京都消防本部消防組織法第26条ないし第28条)。

管轄区域は区部、および消防事務委託制度により委託された多摩地域29市町村。

日本語略称は、東消(とうしょう)。

「東京消防庁」という名称は、「東京消防庁の設置等に関する条例」の第2条第2項により定められている。

約1万8千人の消防吏員を抱える日本最大にして世界最大の規模を持つ。本部庁舎は千代田区大手町一丁目3番5号にあり、丸の内消防署に隣接している。

消防組織法に基づく原則論からすると、特別区といえども現行の地方自治法の下においてはに準ずる基礎的地方公共団体であることから(地方自治法第281条の2第2項)、その消防責任は個々の特別区が負うべきはずであるが、地方自治法第281条の2第1項では「都は、特別区の存する区域において、特別区を包括する広域の地方公共団体として、(地方自治法)第2条第3項において市町村が処理するものとされている事務のうち、人口が高度に集中する大都市地域における行政の一体性及び統一性の確保の観点から当該区域を通じて都が一体的に処理することが必要であると認められる事務を処理するものとする」と定めている。

消防組織法第26条により、「特別区の存する区域においては、特別区が連合してその区域内における(消防組織法)第6条に規定する責任を有する」こととなっており、第27条第1項で、「特別区の消防は、都知事がこれを管理する」、第2項で「特別区の消防長は、都知事が任命する」とされ、さらに、第28条で「特別区の存する区域における消防については、特別区の存する区域を一の市とみなして、市町村の消防に関する規定を準用する」と定めている。これら地方自治法の規定と消防組織法の規定を踏まえ、特別区の存する区域の消防は、市とみなしつつ都が負うことになっている。

都の機関でありながら、その全区域を担当しない特殊な機関である。

市町村は消防組織法第6条の原則により独自の消防責任を負担するが、消防組織法第31条および地方自治法第252条の14による消防事務委託制度を利用することにより他自治体の消防本部に消防業務を委託することができる。この制度を利用して多摩地域30市町村のうち29市町村は東京消防庁に対して消防事務を委託している。これら委託による管轄エリアは「受託(委託)区域」と呼ばれる。

本来この制度は独自に消防を行うことが難しい小規模市町村が利用する例が多いが、多摩地域29市町村の場合は「消防力の強化」を目的としている[2]

区部を除く都の市町村で本来の消防組織法の原則通りに独自の消防本部を設置しているのは多摩地域では1市(稲城市)、伊豆諸島では8町村のうち3町村(大島町三宅村八丈町)の合わせて4市町村のみとなっている。

伊豆諸島の残りの5村(利島村新島村神津島村御蔵島村青ヶ島村)と小笠原諸島小笠原村は、常備消防未設置である。

現在の「東京消防庁」に相当する組織は、1948年昭和23年)3月7日に、それまで母体であった警視庁消防部から分離独立したが、その段階では「東京消防本部等の設置に関する条例」に基づき、「東京消防本部」と称していた。ところで、同じ時期に警察制度の抜本的改正があり、旧警視庁は自治体警察を設けない地域を管轄区域とする国家地方警察東京都本部と、旧東京市の区域を管轄する自治体警察である警視庁 (旧警察法)八王子市警察などの市町村自治体警察に解体されたが、この際に連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)公安課は、東京以外の七大都市にも警視庁の名を冠した自治体警察を設置することを条件に、警視庁 (旧警察法)に「警視庁」と称することを認めた。

当時の敗戦下の日本を間接統治していたGHQは、消防と警察の職責はともに重要であり、双方ともに同等の関係でなければならないという理念に基づき、東京都・警視庁・東京消防本部の三者に対し、東京の消防本部の名称とその長の職名も警視庁・警視総監という名称・職名のように、その職責にふさわしいものにすべきであるという内容の指導をした。さらにこの意見はGHQとしての発言である旨を補足し、消防の組織およびその長の名称は、警察と同一にすることが民主的であると強調した。

これに対して旧来の見地から一部反対意見はあったものの(日本の民主化はポツダム宣言第10項及び第12項に基づく最重要案件であることから)GHQは反対意見を説得力を欠くと判断、東京都は再度自主的にGHQの意向をくんだ方向で検討し、「東京消防本部等の設置に関する条例」を「東京消防庁の設置等に関する条例」と名称変更するとともに所要の改正をなし、1948年(昭和23年)5月1日にこれを施行した。この条例の施行に伴い、「東京消防本部」は「東京消防庁」となり、同時に消防本部長の職名も警視庁の警視総監にならって「消防総監」となったとされている[3]

消防事務委託を受けた29市町村の従前の消防本部は下記のとおりである。自治体名は委託当時のもの。

東京消防庁は、自治体の設置する消防本部の中で唯一「消防庁」の文字を含む名称を有している。消防組織法第9条において、市町村における消防の本拠機関として「消防本部」を置く旨を定めている。

」の呼称は、法令用語としては、「内閣府および外局」、および「各都道府県庁」またはその「支庁」などという形で現れている[27][28]。一方、当時の国家行政組織法などには「府・省・庁」の名称独占規定の存在は窺えないものの、昭和20年代の日本国政府や都道府県のレベルでは、行政機関の種別を表す「庁」の使用を極力定型化しようという動きもあったようである[29]。なお現在では、地方公共団体の組織で「庁」の名称を用いているものとして、道府県の「企業庁」、教育委員会事務局としての「教育庁」なども存在しており、「庁」の使用を極力定型化しようという従来の流れは、既に過去のものとなった模様である(この「企業庁」は経済産業省の外局である中小企業庁と類似した名称を有するものの、その内実は地方公営企業体であり、中小企業庁との直接の関係は有しない)。

また、かつては東京都以外の一部自治体の消防本部も「消防庁」の文字を含む名称を使用していた時期があり、大阪府に「大阪消防庁」が存在していたともいわれている。しかしながら、大阪市および大阪市消防局のホームページ上には、その存在を裏付けられる記述は見当たらない。その一方、「大阪消防庁」の名称が記録されている公の記録として第104回国会 予算委員会第2分科会第1号議事録(国立国会図書館・国会会議録検索システム)が存在していることもあり、大阪消防庁の存在について積極的に肯定できる根拠もないが、その反面、単純に否定することもできない。

東京消防庁の組織は、人員は消防総監以下約1万8千人の職員を抱えており(これは消防機関として世界最大の規模である)、地域住民を中心に構成された消防団員非常勤)26,000人(23区16,000人)を指揮する立場にある。東京消防庁職員の身分は東京都公安職地方公務員である。また下部機関としては警視庁同様に第1〜10各方面に方面本部を設置し、その管轄下にある特別区および受託市町村に設置されている消防署(81署、2015年(平成27年)5月現在)に対して指揮・統括を行う。

他の消防本部と異なり、本部直轄の「中央消防署」は置かれていない。

なお、特別区の存する区域においては、特別区の連合体としての東京都が第一次的な消防責任を負い、消防団についても同様に東京都が所掌の権限を有する。そのため、東京消防庁の消防署のうち、この区域内に存するものについては、東京都規則(特別区の消防団の組織等に関する規則)に基づき、地域の消防団本部を兼ねており、消防団に関する事務も所掌している。

東京都の特別区の存する区域(東京都区部)以外の区域では、各市町村が消防責任を負うが、多くの市町村は東京都区部の消防本部たる東京消防庁に消防事務を委託しており、そのため東京消防庁の管轄は本来の管轄範囲を大きく超えるものとなっている(第8・第9消防方面本部の管轄区域が、消防事務の受託区域に該当する)。現状では、東京消防庁本来の管轄区域たる東京都区部(東京23区)のほかに多摩地区の稲城市島嶼部の大島町、八丈町、三宅村のみが消防委託を利用せず消防業務を独自に執行している(例:稲城市消防本部)。

119番通報は、東京23区特別区からのものは千代田区大手町にある本部庁舎内の総合指令室「災害救急情報センター」が、多摩地区からのものは立川市にある多摩指令室が受ける(特別区と多摩地区の境界付近では上記のようにならない場合もあるが、受信後の対応はどちらでも同じである)。

本部の内部構造は下記のとおり。

この他に消防学校と「消防技術安全所」がある。

消防本部の長である消防長は、東京消防庁の場合消防吏員として最高位の階級である消防総監(階級名であると同時に職名でもある)がその任にあたる。なお、消防総監は東京消防庁にのみ存在する階級であり、全国の消防吏員の中でも国内最高位であることから全国消防長会の会長をも兼任している [31] [32]

ただし、消防組織の階級はあくまで「当該自治体が設置する同一の消防組織の内部」においてのみ指揮・監督・命令などの関係の根拠となるに留まる。例えば東京都の特別区の消防長消防総監)と東京都稲城市消防長は各々対等の立場にあり、かつ相互に独立しているため、稲城市の消防長(稲城市の消防長は「稲城市消防本部の組織等に関する規則」により消防監をもって充てる役職であるが、東京消防庁における消防監は本庁課長ないし消防署本署の署長クラスである)が東京都の特別区の消防長たる消防総監の指揮を受けることはない。

なお、消防相互応援の行われている災害現場にあっては、消防吏員は、相互応援協定の内容に従い、かつこの限度で他の消防組織の吏員の指揮に服することになる。この協定には「応援出場隊は、すべて現場の被応援側最高指揮者の指揮に従うものとする」旨の規定が定められるのが通例であり、災害現場における応援出場隊の最上級指揮者が被応援側の最上級指揮者より階級が上位であったとしても、被応援側の最上級指揮者の指揮に服することとなる。ただ、昭和48年7月26日に発生した東久留米市消防本部管内(現:東京消防庁 東久留米消防署)のヤマザキ製パン武蔵野工場の大火災では、消防部隊の殆どが東京消防庁の部隊であったため東京消防庁の署長が指揮権をとった事がある。[33]

消防総監は、現行の警察法における警視総監とは異なって、地方公務員であり、国家公務員である警視総監とは身分や扱いが異なっている。警察は国家および都道府県がその主体となっているのに対して、消防市町村主体であるため、警視総監以下警察官の階級及び官職が原則として警察法により定められているのに対して、消防総監以下、消防吏員の階級及びその役職は、前述の通り総務省消防庁の定める階級の基準(および、これを基準とした個別の条例規則など)にその定めを置くなどの相違点がある。

なお、東京消防庁・消防総監が誕生した当時に施行されていた旧警察法の下では、警視庁も東京消防庁と同じく特別区の連合体として組織され(第51条)、警視総監といえども東京都知事の所轄の下「特別区公安委員会」の任免・管理権に服する東京都の公安職公務員にすぎず(第52条の2)、かつ、その警察法による職名も他の自治体警察の「市(町村)の警察長」と同様に「特別区の警察長」とされ(第52条の2第1項。当時の「警視総監」の職名・階級は現在とは異なり警察法に直接根拠を置くものではなかった)、現在の東京消防庁の構成にかなり近いものであった。ただし、当時の警視総監は東京都区部を管轄する自治体警察の長であると同時に首都警察の長でもあったため(後者においては現在も同様である)、その罷免には内閣総理大臣の意見を聞く必要があった(第52条の2第2項)が消防総監に関してはその必要がないなど、わずかな違いは存在した。

東京消防庁の階級は10あり、次の通りとなっている。()内:事務上の役職 []内:活動上の主な役職

全ての消防署・消防出張所に配置されている、一般にいわれている消防車消火活動に当たる隊である。通常、2台一組の中隊として活動し、車両1台に、隊長(消防司令補又は消防士長)以下4 - 5名の1個小隊が乗車する(車両1台のみ配置の署所もあり、この場合は別の署所から1個小隊が同時に出動してドッキング、中隊になる)。

普通消防ポンプ車と呼ばれるものの他、化学車水槽付・はしご付などの車両がある。

活動内容は、消火活動の他にも、救助や危険排除、救急活動などと幅広い。

特別救助隊通称:レスキュー隊、愛称:東京レスキュー)は救助資機材を装備した救助車(東京消防庁では救助工作車ではなく救助車と呼ぶ)に搭乗し災害時の人命救助を専門とする部隊。専門研修を修了した体力・技術に突出した隊員で構成される。

1969年(昭和44年)に麹町消防署永田町出張所に設置され、2020年現在は都内に23隊の特別救助隊が設置されている。

オレンジ色の制服の左肩と救助車にホースと筒先で囲まれたセント・バーナード犬のバリー号スイス災害救助犬として活躍した)が描かれた青色の紋章を付ているのが東京消防庁の特徴。

(昭和50年4月1日に淀橋特別救助隊(第41消防特別救助隊)より隊名変更)

(昭和51年3月1日に西新井特別救助隊(第61消防特別救助隊)より隊名変更)

(平成28年12月13日に府中特別救助隊(第84消防特別救助隊)より配置転換)

(山岳救助隊兼務)

1隊はそれぞれ3個小隊。3部交代制の勤務に就いている。1個小隊の人数は、隊長(消防司令補)以下5〜6名。

(第二消防方面本部消防救助機動部隊発足に伴い平成8年11月運用廃止)

(平成元年4月、署の配置転換に伴い渋谷特別救助隊(第32消防特別救助隊)に隊名変更。第三消防方面本部消防救助機動部隊発足に伴い平成14年3月運用廃止)

(昭和54年10月、品川消防署への配置転換に伴い運用廃止) 

(昭和50年4月1日、署名変更に伴い新宿特別救助隊(第41消防特別救助隊)に隊名変更)

(令和2年4月、即応対処部隊に配置転換され運用廃止)

(昭和55年7月、署の配置転換に伴い立川特別救助隊(第81消防特別救助隊)に隊名変更。第八消防方面本部消防救助機動部隊発足に伴い平成8年11月運用廃止)

(平成28年12月13日、署の移転に伴い朝日特別救助隊(第84消防特別救助隊)に隊名変更)

東京消防庁では2020年4月現在、267隊配置されており、1個隊は隊員1〜2名・隊長・運転手の、3名もしくは4名編成である。全ての救急隊において、最低1名救急救命士が乗車する「高規格救急車」で運用されている(一部の隊では、気管挿管や薬剤(アドレナリン)投与に関する講習を修了した救急救命士が乗車しており、今後全ての隊に配置する予定である)。出動回数の増加により2000年4月から救急車が現場にすぐに急行できない場合や救急隊のみでは搬出などが困難な場合に対応するためにポンプ車が現場に先行したり同時に出動するPA連携(Pumper&Ambulance)を行っている。

2016年6月17日に発足した本部直轄の救急隊。時間帯等によって変化する救急需要に合わせて日中帯は観光客による救急要請が多い東京駅付近運用、夜間帯は繁華街からの救急要請が多い新宿付近に移動し運用することで現場到着時間の短縮を図る部隊。NBC災害感染症、多数傷病者、多言語外国人旅行者)にも対応する。

特殊救急車には感染症に対応するための陰圧機能や重体重対応のストレッチャーと防振架台を配備している。
救急機動部隊[34]では、『本部機動第一救急隊』の特殊救急車(高規格救急車)と『本部機動第二救急隊』の高規格救急車で運用されている。

東京2020大会を見据え、増加が予想される外国人の救急事案にに対応するため、平成26年4月から管内の8署・13隊を「英語対応救急隊」として運用を開始した。平成28年にはさらに6署23隊を指定。平成30年現在、14の署、36隊で運用している。 救急活動に必要である専門的英語能力や、接遇技術を備えた隊員により、適切かつ迅速な救急活動を実施している。[35]

近年の多様化する消火活動に対応するため2004年に結成された消火活動に特化した中隊。初期は各方面本部単位2個中隊の計20個小隊で発足し、2006年8月4日の第三弾配備により全消防署管内ごとに1個中隊(80個中隊)が配備完了した。

救助隊がオレンジ色の活動服・防火服で識別されるのと同様に、金色の防火帽に黒色の防火服などで識別される(一般の消火隊は銀色の防火帽、ベージュに近い色の防火服)。

車両は基本的には普通ポンプ車・小型ポンプ車と水槽付きポンプ車・化学車・水槽付きポンプ車(梯体付)・水槽付きポンプ車(塔体付)のいずれかの2台で構成されている。

災害が発生した状況や活動する消防部隊への危険など、あらゆる情報を収集して活動方針を決定し、各隊や本部へ伝える。災害活動の現場で指揮を執る大隊長(消防司令の階級の者が務める)と指揮担当・情報担当・運転手兼通信担当・伝令の5名で構成され、現場で活動する全部隊(中隊・小隊)の指揮・統制にあたる重要な部隊である。消火救出活動には直接携わらず、多数の通信・無線機器を装備した「指揮車」で出場する。 なお指揮隊車は9人乗りワンボックスをベースとしている。[36]

指揮隊は、上記のような災害現場での総合指揮・統括の任務を担当している。指揮隊の出場要件は、指令室の判断もしくは大隊長の判断による。例えば東京消防庁の場合、通常の救急要請もしくはPA連携の場合には、ポンプ隊1隊+救急隊で出場するが、『自傷などの暴力を伴う事案』や『刃物などの凶器を使用した事案』など、詳細な聴取・報告が必要で、隊員に対する加害・活動の妨害を防止するため、警察との連携のもとに活動する場合などは、指揮隊を出場させる。[37]

なお東京消防庁では、出火報や危険排除・救助活動の場合は覚知段階でその災害現場を管轄する指揮隊1隊を出場させる。指揮者は、災害現場での推移を冷静に把握・判断し、活動の適切な下命を行う。

東京消防庁での指揮隊は、各消防署本署と各方面本部、警防本部指揮隊(1隊)を設けている。警防部の指揮隊は、本庁警防部職員4,5名で構成され、東京消防庁管内で発生した多数の要救助者が発生する事故、大規模な延焼火災などに出場し、統括指揮を実施する。

30m級、40m級のはしご車で高層建物などの消火・救助活動を行う。隊員には特別救助隊の予備隊員や経験者が多い。

水難救助隊は河川や海で発生する水難事故に出動し、潜水検索などの救助活動を行う部隊消防艇や消防車で火災などの災害にも出動する。 特別救助隊がホースと筒先で囲まれたセントバーナード犬バリー号が描かれた青色の紋章を付けているのに対して、水難救助隊はセントバーナードの回りが浮き輪ロープで囲まれた紋章を付けている。

また、日本橋(浜町出張所)・高輪港(南出張所)・臨港消防署には消防艇が配備され船長隊長、機関長、甲板長、操舵員、甲板員で構成される舟艇隊が船舶火災や水難事故、重油流出事故、水難救助隊と連携した水難救助活動等を行っている。

山岳地域での災害時や山岳遭難・滑落事故など山岳救助事案の際に活動する部隊。ポンプ隊や特別救助隊と兼務体制になっている。車両は秋川消防署及び奥多摩消防署日産・サファリ青梅消防署エルグランドをベースにした山岳救助車を使用(2013年12月現在)。八王子消防署に関しては、寄贈されたダイハツ・ハイゼットが2台1組で運用に就いている。

さらに山岳救助隊スイフトウォーターレスキュー急流救助)に対応している。これは、レジャー客が中州に取り残された玄倉川水難事故を機転としており、急流救助に対応できる知識・技術を持ち、専門の資機材を装備している[38]

特別救助隊がホースと筒先で囲まれたセントバーナードのバリー号が描かれた青色の紋章を付けているのに対してロープで囲まれたセントバーナードと山が描かれた紋章を付けている。

劇物や有毒ガス流出など化学災害に特化した部隊地下鉄サリン事件でも投入された。特殊災害小隊とポンプ小隊で編成され、特災小隊は質量分析装置(GCMAS)・赤外線ガス分光装置(FTIR)や陽圧式防護衣などを搭載した特殊災害対策車に搭乗して出動する。火災などの災害時には、通常の消防隊としての活動もする。

1個小隊は消防活動二輪車(YAMAHAセロー225及び250ベース)2台、水槽付ポンプ車または普通化学車で構成され、2台ペアで運用。1台はポータブルCAFS「武蔵」(以前はインパルス消火システムだった)を装備し、もう1台は簡易救助器具、応急救護資器材を装備している。震災・水災時は1台で情報収集にあたる。なお、配置の各消防署には予備用として、1線を退いた消防活動二輪車が、非常用消防活動二輪車として1台ずつ配置されている。

※「★」=セロー250配置署所(平成18年度更新)、「☆」=セロー250配置場所(平成22年度更新)

消防救助機動部隊(通称:ハイパーレスキュー)」とは阪神・淡路大震災を教訓として1996年(平成8年)に編成された部隊。

発足当初は第二方消防面本部(大田区)の第二消防方面本部消防救助機動部隊(2HR)と第八消防方面本部(立川市)の第八消防方面本部消防救助機動部隊(8HR)震災対応部隊として創設された。

さらに2002年に第三消防方面本部(渋谷区)に創設された第三消防方面本部消防救助機動部隊(3HR)は毒劇物災害、生物兵器テロ放射能災害などNBC災害対応部隊である。

2007年4月25日には第六消防方面本部(足立区)に震災及び大規模水害対応部隊である第六消防方面本部消防救助機動部隊(6HR)が新設された。

2013年3月30日には第九消防方面本部(八王子市)にNBC災害及び震災対応部隊である第九消防方面本部消防救助機動部隊(9HR)が新設された。

2016年1月6日に航空隊に空のハイパーレスキューである「航空消防救助機動部隊(通称:エアハイパーレスキュー)」を新設。

同部隊は国際消防救助隊緊急消防援助隊として国内外の災害に対して常時派遣する体制を整えており、新潟県中越地震において緊急消防援助隊として派遣され土砂崩れ現状で埋没車両から92時間後に当時2歳の幼児を救出した事例や、

福島第一原子力発電所事故原発炉心溶融(メルトダウン)を防ぐため、冷却機能が失われた使用済み核燃料プールへの放水(注水)活動。放射性物質放出の漂う危険な中で約23時間45分の奮闘の結果、放射線量を下げることに成功し、一般の耳目を集めた。この活動を高く評価され、第64回「都民の消防官」で特別表彰に選ばれている[17]

なお特別救助隊がホースと筒先で囲まれたセントバーナードのバリー号が描かれた青色の紋章を付けているのに対してフック付きワイヤーで囲まれたセントバーナードのバリー号が描かれたゴールドの紋章を付けておりNBC災害に対応する第3方面消防救助機動部隊は化学防護衣にセントバーナードが描かれた紋章を付けている。

消防救助機動部隊は機動救助隊、機動特科隊、機動科学隊、機動救急救援隊で構成されている。

装備部に所属する、消防ヘリコプターによる各種消防・救急・救助活動を任務とする部隊。本部は立川市の立川防災施設(立川広域防災基地内)にある。日本の消防機関の中で最初に設置された航空隊であり、1967年(昭和42年)に活動を開始した。

ヘリコプターにより、上空から消防情報活動、消防・救助活動、救急活動を行うことを任務とする。運用拠点は、立川飛行場東京ヘリポートの二ヶ所。

東京消防庁航空隊の操縦士(パイロット)、整備士、航空無線担当、航空消防救助機動部隊(エアハイパーレスキュー)の航空救助員(特別救助隊資格者)と航空救急員(救急救命士資格者)は全員、消防学校を卒業した消防吏員である。

ロンドン同時爆破事件の教訓からラグビーワールドカップ2020年東京オリンピック2020年東京パラリンピックが開催される事からテロ災害発生が危惧されているために創設された。同時に統合指揮隊も創設された。大規模災害発生時にこの統合指揮隊が中核となり、情報収集や消防救助機動部隊(ハイパーレスキュー)や救急機動部隊などの東京消防庁の各部隊の統合指揮を行う。統合指揮隊にはドローンや各種通信機器や作戦拠点スペースが設けられたコマンドカーが配備された。同部隊の発隊と共に爆破テロに備え第三消防方面本部消防救助機動部隊に警視庁機動隊などに配備されている特型警備車をベースにした「救出救助車」や防爆衣も配備された[39]

2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けて2020年2月に平成30年7月豪雨(西日本豪雨)、平成30年台風第21号北海道胆振東部地震などの近年頻発する地震や豪雨などの自然災害に対応するために創設され、4月18日に運用を開始した。ぬかるみや急斜面でも走行できるバギーの「全地形活動車」やウニモグベースの「高機動救助車」、浸水した際に水深が浅い場所でも進める「エアボート」、情報収集する「ドローン」、「重機及び搬送車」「高機能指揮支援車」、本田消防署から配置転換された救助車などが配備されており、通常の部隊が侵入困難な災害現場へ早期に侵入して情報収集や救助活動を行う部隊[40]。警防本部直轄の部隊で即応指揮隊(各部3名)、即応救助隊(各部8名)に部隊長等を合わせて総勢42名で構成されている。

総務部総務課には音楽隊・カラーガーズ隊が置かれている。東京消防音楽隊は、消防学校を経て消防署のポンプ小隊や救急隊に所属している消防吏員(消防官)の中で音楽隊員の希望者から隊員を選抜しているが、選抜される隊員の多くが音楽大学を卒業している消防官で占められている。

東京消防庁の消防車両には、1台ごとに整理番号と呼ばれる庁独自の車両管理番号が付与されている。整理番号はドアに表示されており、原則として、車両導入より廃車まで変わることがない。

例の場合は、Pがポンプ車、29077が平成29年度の077号車である。この法則は昭和53(1978)年度導入車から用いられている。なお、昭和40(1965)年度導入車から昭和52(1977)年度導入車までは固有番号が2桁のものと3桁のものが混在していた。

東京消防庁は、緊急救急・火災・震災などの災害対応の体験型学習施設として4箇所の博物館・防災館を開設している。

北海道

東京消防庁旗
東京消防庁レスキュー隊員(2015年4月28日、台湾台北市
警視庁消防部庁舎(大正時代)
災害対応多目的車
三菱ふそう・ローザ
(東京消防庁京橋消防署所属)
荻窪消防署久我山出張所久我山1
足立消防署足立救助
先頭が消防救助機動部隊、真中が国際消防救助隊、最後尾が特別救助隊
青ワッペンが特別救助隊、白いワッペンが山岳救助隊
救急機動部隊の高規格救急車
救急機動部隊の特殊救急車
(高規格救急車)
神田消防署の指揮車
はしご車(中野L)
臨港消防署の消防艇『みやこどり』(4代目)
臨港消防署の救助艇『はるみ』
東京消防庁水難救助隊
高輪消防署港南出張所
水難救助車
山岳救助車
特殊災害対策車(3本部ハイパー所属・退役済み)
消防活動二輪車
第6消防方面本部消防救助機動部隊救助工作車Ⅲ型
屈折放水塔車
双腕重機
消防救助機動部隊(緊急消防援助隊)
東京消防庁の特殊救急車
スーパーアンビュランス
航空救助員による訓練の様子
出初式に参加した東京消防庁音楽隊