富山市

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富山市(とやまし)は、富山県の中央部から南東部にかけて位置する。富山県の県庁所在地及び最大の都市であり、中核市に指定されている。

富山県の県庁所在地で、同県の中央部から南東部に位置する。2005年平成17年)4月1日、富山市(旧市)、上新川郡大沢野町大山町婦負郡八尾町婦中町山田村細入村の7市町村による新設合併によって現在の富山市が発足した。

この合併により、全国の都道府県庁所在地の中では2番目に広い総面積を持つようになった[注釈 1](全国の市では11位)。また、富山県の29.24%面積を占め、ひとつの市町村が県に占める面積の割合としては全国一である。市域は富山県域に対して南北にわたっており、日本海と南側の県境いずれにも接している[注釈 2]。広い総面積に対し、可住地面積比率は38.2%で、市域の約6割が林野地となっている[1]。また、市街化区域面積比率は5.8%であり[1]環境モデル都市の選定を受けてコンパクトシティを目指した都市計画を進めている。また、環境未来都市、国際会議観光都市国連エネルギー効率改善都市レジリエント・シティ持続可能な開発目標(SDGs)におけるSDGs未来都市自治体SDGsモデル事業に選定されている。市内の多くは立山黒部ジオパークに、南東部は中部山岳国立公園に指定されている。同市は2011年よりインドネシアバリ島小水力発電施設の設置事業を推進するなど、国際的な環境事業に力を入れており、2017年2月2日には日本の中核都市としては初めて国際協力機構(JICA)と人材交流や技術協力などの協定を結んでいる。同市は県のプライメイトシティとして機能している。

合併により、「越中富山の薬売り」で知られる富山城城下町として栄えた地域(「薬都」と呼ばれることも)、浄土真宗の古刹聞名寺の門前町として発展した地域、立山信仰の登山者たちの宿場町として人々が行きかった地域など、多様な地域が包含された。ライフラインの本社や支店が置かれ、商業・工業面において富山県の中心のみならず北陸地方の拠点都市としての機能も担っている。地形も変化に富み、水深約3,000 メートル富山深海長谷から標高2,986 メートルの水晶岳までさまざまな動植物が生息し、ホタルイカライチョウ(雷鳥)などが観光資源化されている。ホタルイカが水揚げされる富山市から魚津市にかけての富山湾沿岸は、特別天然記念物に指定されている。

方言富山弁が使用されている地域である。

隣県の新潟県の県庁所在地、新潟市とは252.5キロ離れている。これは、陸続きの隣県同士の県庁所在地間の距離では日本最長である(海上隣接を含めると、鹿児島市と那覇市の764.9 キロが最長)。

富山県の中部から南東部に位置しており、県の総面積の約3分の1を占める。市の北部から中部には神通川常願寺川などの川によって形成された沖積平野富山平野が広がる。中西部にはなだらかな呉羽丘陵が横たわり、南部には飛騨高地が、南東部には雄大な北アルプス立山連峰がそびえる。森林セラピー基地に認定されている。富山平野の北側には、豊富な魚介類の宝庫である富山湾が広がっている。

立山カルデラ内にある新湯という池では、上質な玉滴石(オパールの一種)を産出する。

「トヤマ」の地名は、室町幕府直臣の吉見詮頼が、応永5年5月3日に「越中国外山郷地頭職」を観勝寺に寄せた寄進状[注釈 3] が初見である。外山郷は、越中守護所放生津(現・射水市)があった射水郡の東端である御服山(呉羽山)の東麓(射水郡からみて外側)に位置する。この地形から、「外山」の字が当てられたとする説がある。「富山」字は戦国時代に初見されるが、江戸時代は「富山」「外山」の両方が使用されている。また、慶長年間以前に成立したことが確実な文献史料のタイトルに『富山之記』がある。このほか、以下のような説がある。

昭和の第二次世界大戦後に市街化区域内は土地区画整理され、東西と南北に碁盤目状に延びる道路と、富山駅を起点とした5本の放射状道路により構成された計画都市となっている。富山駅を中心に周辺には県庁、富山国際会議場県民会館などシビックセンターが発達している。富山駅南口からはメインストリートが伸びており、路面電車でアクセスできる繁華街が発達している。かつては駅裏とも呼ばれていた富山駅北側は昭和末期に策定された「とやま都市MIRAI計画[2]」による再開発が行われ、現在ではLRTが整備され、シアター富山市芸術文化ホール通称:オーバード・ホール)、シティーオアシスである富岩運河環水公園(カナルパーク)や富山県美術館などの施設が立地する他、企業の本社などオフィス街が発達している。また、神通川を渡った市内西部には五福エリアに富山大学を中心に学生街が、婦中町エリアにショッピングセンター「フューチャーシティ・ファボーレ」をメインとしたロードサイドショップが点在する商業圏が発達している。また、岐阜県飛騨高山方面へと続く国道41号線沿いにもロードサイドショップが点在する。一方、古い町並みの残る八尾地域は「越中おわら風の盆」で全国的に知られ、多数の観光客が訪れる。

日本海側気候で、旧富山市域は豪雪地帯、市域南部の大山・八尾・山田・細入地域は特別豪雪地帯に属している。しかし、北陸地方のほかの地域と同様、緯度のわりには太平洋側と比べると気温は温暖で、年間降水日数が多く特に冬期は多量の降水を見る。富山平野富山湾に面しているが、能登半島で日本海からの海風が遮られ、南側に飛騨高地などの山脈が連なり南〜南西の風が卓越しやすいなど内陸性ともいえる気候の側面を持つ。以上の地形的な特徴により、冬の季節風が比較的弱いものの、夏はフェーン現象の影響を特に受けやすく高温となる。

冬は雪や雨の日が続く。年平均降雪量は383 センチで、都道府県庁所在地としては青森市札幌市山形市に続く多さである。年平均最深積雪は62 センチと青森市、札幌市に続く多さである。これには前述の地形的な特徴も原因となっており、能登方面から吹く弱い北西風と、金沢市方面から吹き込み南側の山地を回りこんでから吹き降りる南風が富山平野で収束しやすいことによるものである。冬季の過去最深積雪は1940年1月30日に観測された208 センチ。近年は暖冬化により積雪が減少傾向であるが、2021年1月8日に35年ぶりに100センチを超え、1月10日には128 センチに達した[3](2014年2月15日の山梨県甲府市の114 cmの豪雪を7年ぶりに上回った)。真冬日は年平均1.2日と少なく、最低気温の平年値も約0 と、関東地方の郊外都市部より高い。いわゆる湿り雪で、積雪後は北海道・東北地方のような恒常的な凍結状態にはならない。

夏は日本海を台風や低気圧が通過した際に著しいフェーン現象が発生し最高気温が37 ℃以上になることがあり、2000年7月31日には最低気温が30.1 ℃と、いわゆる超熱帯夜を記録している。年平均熱帯夜日数は6.4日。




富山県

岐阜県

長野県

富山市街地に相当する神通川下流域は、複合扇状地の恩恵により、大化の改新よりも前から、北陸道における農作地として存在していた。

神通川西岸には、古代氏族である射水臣氏が有力氏族としており、この射水臣氏は、伊彌頭国造である大河音足尼の後裔であり、利波臣などの有力氏族を分出した。呉羽山にある古墳群は、この射水臣氏の血統の祖であると考える説がある。天平期においては、現在の富山市東部(上飯野から天正寺を経て西福沢の丸山に向かう一帯を基線とする)は東大寺の階墾田「大藪庄」と呼ばれていた。また、さらに東部において、現在の滑川市を中心とした地域は「堀江荘」と呼ばれた。

平安期に入ると、新たに伊勢神宮領弘田御厨(富山市広田地区)、長講堂領新保御厨(富山市新保)、新熊野社領立山外宮(富山市太田もしくは吉岡)などの荘園が立荘された。

また北陸道における駅として、磐瀬(富山市岩瀬)、水橋(富山市水橋)が配置されていた。そのうち水橋は、「枕草子」において「わたりは、しかすがのわたり、こりずまのわたり、水橋のわたり」として記されている。

律令制度において、貴族社会を根底から支える貴族私有地制度「荘園」は拡大し、白河鳥羽後白河の三代院政期において、さらに増加した。当時、実質院分国であった越中国において、藤原顕隆の勧修寺一族の遠戚である宮道氏が留守役として下向していた。

白河法皇が死去すると、在地において知行国として荘園を管理する体制が現れた。堀江荘は藤原顕隆一門(勧修寺氏)が、般若野荘・宮川荘を藤原公能一門(徳大寺氏)が、高野荘を藤原実行一門(三条氏)が支配した。勧修寺氏の留守役である宮道氏は堀江荘や太田保(富山市太田)を私領支配し、その分家筋である太田氏や蜷川氏の祖となった。その他の荘園も、同様に在地の私領支配へと移っていった。

源頼朝の知行である鎌倉時代になると、南部に広がる太田保が北陸道大将軍に任ぜられた幕府の御家人北条朝時(名越)所領となった。これは、平氏の知行もなかなか受け入れず、木曾義仲に与し、源義経の逃亡路となったという、幕府にとって都合の悪い越中国の国人達を牽制したものである。その一方で堀江荘における宮道氏は荘園を安堵され、太田氏も太田保を除く開発領を安堵されており、在地の者に対する御家人への道を残している。

このころ、名越朝時被官として後の新川郡守護代家である千葉一族椎名氏が入部し、在地に土着した。

越中国守護北条朝時(名越)は、執権北条氏における有力庶流の血統であったため、北条氏嫡流の弾圧を受け続けた。そして名越時有の代になると、六波羅探題が壊滅、在地武士の離反にあって最後は一族79人が放生津城にて割腹し、最期を遂げた。時近くして、鎌倉において北条高時が自害、鎌倉幕府は滅亡した。

南北朝時代に入り、観応の擾乱で活躍した越中守護桃井直常は、太田保布市の興国寺周辺を拠点として反幕府運動を展開した。直常は一時幕府に帰順したこともあるが、斯波氏との対立により再び越中に下向して反抗した。桃井氏は長沢(富山市長沢)などで抗戦を繰り返したが、1371年応安4年)に砺波郡五位荘の合戦後、直常は消息不明となり、斯波氏による越中掌握が進んだ。一方、神通川と常願寺川に挟まれた地域に広く拡大した太田保は、室町幕府管領細川家領となり、太田保北部に柳町(富山市柳町)などの町が誕生する。斯波氏と細川氏は幕府内で対立関係にあり、斯波氏が越中守護として桃井氏を没落させた後も細川氏は太田保を所領し続けたため、桃井氏の残党や国人は太田保に逃げ込み、細川氏の庇護を受けた。このころ、太田保領内に富山郷が現れる。

1377年永和3年)、越中国人の謀反が起き、守護斯波氏と合戦になった。その破れた越中国人を管領細川頼之は太田保で保護し、そこに斯波氏が攻め込むと言う事態に至った。激怒した細川頼之は代官篠本氏を派遣し斯波氏と対峙させ、事態は一触即発の状況となった。この状況が続き、やがて京における細川追い落としの動きが強まり、細川頼之は管領を罷免され、斯波義将が管領となった(康暦の政変)。ところが細川氏は太田保を手放さずにいたため、ついに越中国守護は斯波氏から畠山基国に譲られる。以降160年にわたり、越中国の守護は最後の畠山稙長に至るまで畠山氏の世襲となる。

当時の越中は、新川郡を椎名氏が、射水郡・婦負郡を神保氏が、砺波郡を遊佐氏が「守護役」から発展した分郡守護代として被官していた。守護代の下には「又守護代」や「郡使」などと呼ばれた国人たちがいた。

越中守護畠山持国の跡目争いから生じた応仁の乱の際には、これら分郡守護代達は畠山政長の臣下として従軍した。なかでも神保長誠は政長自決ののち、政長の立てた将軍足利義材を越中放生津に迎え、将軍公権を二分する幕府政権(越中公方)を構えるに至った。この際も、越中新川郡の椎名氏などを含む諸国の畠山守護代たちは足利義材の受け入れに協力し、義材が越中を離れるまで分郡守護代達の足並みは揃っていた。しかし、要であった政長を失った畠山氏は各地の国人たちを束ねることができず、求心力を失った。越中においても各分郡守護代が力を増し、細川氏の庇護を受けた本願寺による一向一揆も力をつけるなど、歴史の幕は次なる権力闘争へと移っていった。

戦国時代以降、婦負郡・射水郡分郡守護代であった神保長職によって太田保北端を流れる神通川の自然堤防上に富山城が築城され、城下町としての富山町が発展した。この頃の越中国は越後上杉氏や織田氏の侵攻を受けていた。一時、越後上杉氏の侵攻を受けた後、織田信長により越中平定を命ぜられた佐々成政が入城し、一向一揆や越後上杉氏との戦いの拠点となった。

当時、佐々成政によってなされた治水事業は河川の氾濫を制えて、以降の下流域全体の発展に至った。

豊臣時代には、越中国前田氏の領地の一部となり、前田氏の管轄地となった。

江戸時代に入ると、南部に土方氏の布市藩が成立した。その後、布市藩は能登に移封され、加賀藩初代藩主前田利長が富山城を隠居地とした。1609年慶長14年)に富山城が焼失したため、利長は高岡へ移った(慶長富山火災)。なお、この火災で城下町のほとんどが焼失したとする説があるが、これは元禄年間に記された『三壺聞書』に由来する説であり、当時の史料によれば城は全焼したものの城下町は比較的軽微な被害であったとみられている[7]

その後、利長の養嗣子となった二代藩主前田利常が隠居する際、その子前田利次に越中54万石のうち婦負郡一円の地と富山を含む新川郡の一部10万石を分封し、富山藩が成立した。

この分封により、富山城下は富山町として現在の富山市中心市街区が整備され発展した。また、富山藩二代藩主前田正甫(利次の子)が製薬を推進したため、の製造と販売を一括して行ったうえにそれを顧客の自宅に配置するという特殊な業態を創造し、それを中心とした産業が発展した。

中世以来三津七湊のひとつとして栄えた岩瀬地区では、北前船などの日本海航路の拠点として発展した。

1871年明治4年)8月29日旧暦7月14日)の廃藩置県により、富山藩領は富山県(旧県)となり、加賀藩領は金沢県(第一次)となった。同年12月31日(旧暦11月20日)に富山県は金沢県礪波郡・新川郡の編入と同時に新川県へ改名した。1873年(明治6年)9月6日には新川県庁が魚津から富山城址に移転した。1876年(明治9年)4月18日に新川県は石川県に編入されたが、分県運動の末、1883年(明治16年)5月9日には石川県から旧・新川県(越中国)全域が富山県として分離され、現行の富山県が発足。以来、富山は富山県の県庁所在地となっている。

1889年(明治22年)4月1日市制施行ののち、臨海部を中心として機械工業や化学工業による工業化が進んでいた。1899年(明治32年)に官営鉄道北陸線(現・あいの風とやま鉄道線)が開通し、江戸時代から続く日本海航路の拠点である岩瀬港や、甲信越地方東海地方とを結ぶ交通の要衝として発展していた。

岩瀬港周辺では廻船問屋が栄華を極め、特に大きな廻船問屋は馬場家、米田家、森家、畠山家、宮城家の5つの問屋であった。中でも馬場家はその八代目の妻である馬場はるが旧制富山高等学校の設立に尽力し、現在の金額で総額160億円もの寄付を行い、富山市女性初の名誉市民となっている[8]

また、売薬業においても江戸時代から着々と積み重ね、大きく成長した薬問屋が隆盛していた。中でも荻原氏、中田氏、金岡氏、密田氏、松井氏などが特に大きな富山市在地の問屋として知られていた。彼らの中から、北陸銀行初代頭取である中田清兵衛や、北陸電力の前身となる富山電灯の創業者である金岡又左衞門が生まれている。

1928年昭和3年)に、県施工の「富山都市計画事業」(運河・街路・土地区画整理事業の3本柱)が採用された。富山駅の北側と神通川河口の東岩瀬港とを直結する富岩運河により工業地帯を形成、116万立方メートルの運河開削土砂を得て、約117ヘクタールの旧河道(神通廃川地)を埋め立て、新市街地を造ろうという一挙両得の計画であった。

1936年(昭和11年)には神通廃川地の埋立地で、日満産業大博覧会が開かれ、この時期に、富山県庁舎富山電気ビルデイングなどの近代建築が建ち並び、富山市の都心部となるに至った[9]。現在、屋形舟や桜並木で市民の愛着を得ている松川や、宮本輝の小説『蛍川』や同名映画で有名ないたち川は、神通川の旧河道の痕跡である。

この開削埋め立て計画は 或る都市計画エンジニアの人生について にあるとおり、富山県の都市計画富山地方委員会技師、赤司貫一によるもので、白井芳樹(元富山県土木部長)が著した『都市 富山の礎を築く 〜河川・橋梁・都市計画にかけた土木技術者の足跡〜』(2009年技報堂出版)や『昭和初期の富山都市圏における土木事業と三人の土木技師』(都市計画 55(4), 94, 2006年8月25日号)などに詳しく記されている。なお、都市計画地方委員会は道府県ごとに設置され、赤司貫一は内務省から送りこまれた都市計画担当の技師である。赤司は10年間富山に勤め、立案から事業の概成まで、一貫してたずさわった。

1940年代に戦時色が強くなると富山城址が国威発揚の場の中心となり、1940年(昭和15年)8月10日には5000人を集めた討英市民大会、1941年(昭和16年)7月7日には1万人以上を集めた国威宣揚富山市民大会、1942年(昭和17年)2月18日には非常に多数の市民を集めたシンガポール陥落戦勝祝賀式など、第二次世界大戦の序盤までは多数のイベントが開催された[10]。しかし一方で大戦末期、1945年(昭和20年)8月2日富山大空襲では富山城址(東南角)がアメリカ軍の爆撃目標となり、死者2,275人、市街地の99.5%が焼失する壊滅的な被害を受け、城下町としての入り組んだ町並みや面影は破壊された。

1950年(昭和25年)、戦後の焼け野原になった富山市において都市計画が策定された。富山駅を中心とした放射状道路と碁盤目の直交した道路によって構成された近代都市計画が推し進められた。戦前から存在した港湾設備や重化学工業や機械工業の復興が行われ、高岡市新湊市(現・射水市)などの臨海部を占める地区と一体となった工業地帯を形成した。さらに工業の発展とともに需要の高まりを見せた電力供給のため、河口域には大規模な火力発電所が整備された。そうして富山市は高度経済成長期を駈け抜けた。

1952年(昭和27年)に「富山市民の歌」を制定(新設合併のため2005年に失効)。1954年(昭和29年)には空襲からの復興記念事業として、富山産業大博覧会が開催された。

戦前から患者がいたが、1955年(昭和30年)ごろから1970年代にかけて健康に影響する奇病のイタイイタイ病の公害問題が深刻になり民事訴訟などで問題化した。これは四大公害病のひとつで、岐阜県三井金属鉱業神岡事業所(神岡鉱山)による鉱山製錬に伴う未処理廃水が神通川に流入、下流域である熊野、神明(旧富山市)、婦中(旧婦中町)で発症する人が現れた。

1963年(昭和38年)8月、公共用飛行場として富山空港が開港する。東京便(フレンドシップ機)が就航した。

1972年(昭和47年)、週末ごとに繁華街を中心に若者が集結し始め、通りをマイカーで暴走するようになった。事態を重く見た富山県警察は中部管区警察局の支援を得て、同年6月24日に機動隊など1200人を投入。市内の主要道路を夜間通行止めとし、映画館などの深夜営業を中止とさせた上で、集まった約1000人の群衆を解散させた[11]

1979年(昭和54年)11月21日、富山市内の人口が30万人を超えた[12]

1993年平成5年)3月、富山空港に第1期国際線ビルが完成する。同年4月韓国ソウル便が、1994年(平成6年)7月ロシアウラジオストク便が就航する。

1994年(平成6年)7月31日から8月24日にかけて、全国高等学校総合体育大会が開催された。

1995年(平成7年)、富山市民芸術創造センターが完成した。これは、音楽・演劇・舞踊・美術などの創作・練習を行うことができる施設である。本番のステージと同様の環境で練習が行える舞台稽古場やリハーサル室、個人やグループの日頃の練習が行える練習室がある。

1996年(平成8年)4月1日、富山市(旧市)が中核市の指定を受ける。事務権限が強化され、飲食店営業などの許可、保育所の設置の認可・監督などの事務を行うことができるようになった。

1996年(平成8年)9月富山市芸術文化ホール(オーバード・ホール)のこけら落としがなされた。4層5階、総客席数2,200席を有しており、コンサートや演劇、学会などに幅広く利用されている。3面半舞台と呼ばれる舞台であり、大きな舞台セットを転換することができる。

1996年(平成8年)9月28日から10月7日にかけて、国民文化祭とやま’96が開催された。

1997年(平成9年)、富岩運河環水公園が開園する。とやま都市MIRAI計画のシンボルゾーンとして整備された、富岩運河の周りに造られた広さ9.7ヘクタールの公園である。園内には、一対の展望塔や展望塔間を結ぶ赤い糸電話を備えた天門橋がある。環水公園と岩瀬とを結ぶ、富岩水上ラインの乗降場がある。

1998年(平成10年)、富山空港に中国大連便が就航する。

1999年(平成11年)、富山市総合体育館が完成する。

1999年(平成11年)、富山国際会議場が完成する。

2000年(平成12年)4月1日第55回国民体育大会「2000年とやま国体」が、冬季、夏季、秋季大会と、年間を通じて開催される。

2000年(平成12年)、第36回全国身体障害者スポーツ大会(きらりんぴっく富山)が開催される。

2005年(平成17年)4月1日、富山市(旧市)、上新川郡大沢野町大山町婦負郡八尾町婦中町山田村細入村の7市町村が新設合併して、現在の富山市が発足した(平成の大合併)。新設合併のため、改めて中核市の指定を受ける。

2006年(平成18年)、西日本旅客鉄道(JR西日本)からの移管を受ける形でLRT路線の富山ライトレール富山港線が開業する。

2007年(平成19年)2月8日、富山市の中心市街地活性化基本計画が第1号として認定される。436ヘクタールが対象で、病院や介護施設、商店を中心部に集約し、高齢者らが次世代型路面電車などを核に、車に頼らず暮らせる環境づくりを進める計画。バス路線の支援事業やJR高山本線の増便事業、富山ライトレールなどの公共交通機関支援事業を実行している。

2007年(平成19年)3月25日午前9時42分ごろの、能登半島地震により市内では新桜町・婦中町笹倉地区で震度5弱、石坂・八尾町福島・今泉・上二杉・花崎・山田湯・楡原地区で震度4を観測した。

2007年(平成19年)、八尾地域に「坂のまち大橋」が開通する。

2008年(平成20年)7月22日、政府から環境モデル都市に選定される[13]

2008年(平成20年)、JR高山本線に婦中鵜坂駅が開業する。

2009年(平成21年)、路面電車の富山都心線開通による環状運転および新型車両のセントラムが運転開始。

2010年(平成22年)、国道41号猪谷楡原道路(庵谷~楡原間)が開通する。

2011年(平成23年)、アイザックスポーツドームが完成する。

2012年(平成24年)、常西公園小水力発電所、東町・東新町公民館小水力発電所が完成する。

2013年(平成25年)、山田地域ライトアップ事業、虹のかけはしが開催される。

2014年(平成26年)12月、米国・ロックフェラー財団が主導する「100のレジリエント・シティ」(100RC)プログラムにおいて、都市が直面する課題に対し、先進的な取り組みを行う世界の100の都市のひとつとして選定された。

2015年(平成27年)3月14日北陸新幹線長野 - 金沢間が開業し、東京を始めとする首都圏関東地方とのアクセスが飛躍的に向上した。また、同時に富山駅現駅舎の部分開業および路面電車の富山軌道線の富山駅高架下乗り入れが開始。

2015年(平成27年)、富山市ガラス美術館・富山市立図書館本館などの複合施設TOYAMAキラリが完成する。

2016年(平成28年)5月15日16日第42回先進国首脳会議伊勢志摩サミット」のG7富山環境大臣会合が富山市で開催された。G7およびEUの環境担当大臣や関係国際機関の大臣等が国際社会が直面する主要な環境問題に関する意見交換をするなど、「富山物質循環フレームワーク」が採択された。しかし、8月から9月にかけて市議会自民党議員が偽造領収書を用いて政務活動費を不正に受領していたことが発覚した。民進党系議員の中からも不正行為者が判明し、9月20日現在で10人が議員辞職を表明している。

2017年(平成29年)3月、富山市レジリエンス戦略を策定し、自然災害などに対応する都市レジリエンスの向上に資するさまざまな取り組みを推進する。

2018年(平成30年)6月15日、経済・社会・環境の分野をめぐる広範な課題に統合的に取り組む地方自治体として、国(内閣府)のSDGs未来都市に選定された[14]。8月には、富山市SDGs未来都市計画を策定した。

2018年(平成30年)、ねんりんピック富山2018が開催される。

2019年(平成31年)3月 に、富山市環境モデル都市行動計画コンパクトシティ戦略によるCO2削減計画~(第3次:2019年2023年)を策定した。

2020年令和2年)3月21日、富山市の南北を走る路面電車の直通運転が始まった[15]。これに先立ち同年2月22日に富山市南部を走る路面電車を運行する富山地方鉄道と富山市北部を走る路面電車を運行する富山ライトレールが合併した。

2021年(令和3年)1月1日、富山県は暴力団排除条例を改正して、桜木町一帯、富山駅前周辺の繁華街を暴力団排除特別強化地域に指定。暴力団員等による みかじめ料の要求も飲食業者などからの支払い等も禁止し、違反した場合には双方に罰則を科すこととした[16]


2007年(平成19年)4月1日現在の職員数は4,374人[17]。2010年度までに4,311人以下に削減(2005年時点より5.1%の削減)することを進めている[18]。同規模の都市と比べると市民1人あたりの職員数はまだ多い。現在、民間委託・民営化を進めたり、PFIの活用を行ったりしている。地区センターでは、各種申請、書類の発行が行えるようになっている(2006年11月25日現在)。

行政窓口

教育行政

中斉忠雄は(元大沢野町長)は、4月の新・富山市発足から新市長が決まるまで市長職を代行する職務執行者を勤めた。

2007年度の当初予算規模は、約3,677億(+99億、+2.7%)である。合併して新富山市となった2005年度の当初予算(約4,410億)に比べると、約△16.6%となっている。水道事業や病院事業などの企業会計で、520億の増加が著しい。

2006年度決算(平成19年9月30日時点)は、約△63億(昨年比約△24億)で、赤字である。

市債残高は、約4,420億(前年比約△22億)である(2006年9月30日現在)。

なお、2006年度の当初予算規模は次のようになっている。

主な郵便局

富山市議会は、定員38人。

(2019年4月19日現在)[21]

経済においても、富山市は富山県の中心地である。

富山経済は、廃藩置県後の明治期の富山県においてその基を築いた。代表的なものには、北陸最大にして地方銀行全国第二位の北陸銀行や、北陸電力の本店が富山市に所在し、富山県および北陸の経済活動の基盤を形成している。

また、富山県の経済を側面から支えている富山大学は、富山市民や団体の寄付行為によって生まれた旧制富山高等学校富山薬学専門学校の流れを汲んでいる。

富山県は全国でもっとも農耕地における稲作率が高い県である。富山市郊外にも水田が広がる。

西部の呉羽地区では後述のナシ畑が広がっている。また、山間部の一部ではブドウやみょうがの生産が行われている。

水産業は、海岸部西部の四方と東部の水橋に漁港がある。また、かつては神通川にマスが遡上しており、それによってできた名産が鱒寿司(ますのすし)である。

富山市は、日本海側屈指の工業都市である。

戦前より続く産業として、江戸期までさかのぼることができる「くすりのとやま」に代表される製薬産業や、全国屈指の製造量を誇るベアリングなどの工業機械製造業がある一方、昭和後期のエレクトロニクスやロボトロニクス関連産業の隆盛により、地域内で蓄積された先進的な微細加工技術によって精密工業製品や各種微細加工素材、精密自動車部品、高機能ロボットなどの製造業が台頭している。

これら工業の製造研究拠点としての発展を裏付けているものは、安価な電力供給と良質で豊富な工業用水を容易に得られる地理的条件、富山大学・富山県を中心とした産学官連携研究施設の充実、そして重要特定港湾「伏木富山港富山地区」や北陸自動車道東海北陸自動車道等による太平洋側工業地域と環日本海側諸国への交通の利便性を兼ね備えた地域であることが挙げられる。

旧来からの中心商業地は総曲輪(そうがわ)・西町(にしちょう)界隈である。しかしバブル期以後、富山駅周辺でマリエとやま富山ステーションフロントCiCなど商業ビルの建設が相次ぎ、総曲輪・西町との客の食い合いが生じている。さらに後述する郊外型SCなどの進出による打撃も大きく、年々総曲輪・西町のステータスは相対的に低下する傾向にある。総曲輪・西町では2006年3月に大手百貨店の西武富山店が撤退し、なおも求心力低下が危惧されているのに対し、駅周辺は新幹線が開通し、富山駅の高架化・区画整理事業が進行していることから今後も発展すると考えられる。

この状況を打開すべく、総曲輪・西町一帯では市のコンパクトシティ推進政策も相まって再開発計画が複数提案され、進行している。2007年9月に移転新築の百貨店の富山大和を核とした商業施設『総曲輪フェリオ』が開店した。富山大和旧店舗跡地(西町南地区)は、富山市立図書館富山第一銀行本店、ガラス美術館が入居する複合ビル『TOYAMAキラリ』が2015年春に完成した。総曲輪西地区においては、シネマコンプレックスホテルなどの複合商業ビル『ユウタウン総曲輪』が2016年6月に開業し、総曲輪・西町地区では約10年ぶりの大手配給映画館の復活となった。また、中央通りF地区や西町東南地区では、マンション主体の複合施設が完成している。それ以外では、旧富山西武跡一帯は、2018年度末を目途に商業施設・マンションで構成する再開発工事が進んでおり、西町・総曲輪北地区、中央通りD北街区においても、複合施設とする再開発を検討中である。

中心商店街は総曲輪通り商店街と中央通り商店街である。この2つの商店街はアーケードで連続しており、2つを合わせたアーケードの長さは1キロにもおよび北陸最大の規模になる。反面、その長さゆえ集客効率が悪く、中央通り商店街の一部分でシャッター通りを生む一因となっている。

夜の歓楽街桜木町である。北陸では、石川県金沢市片町地区に次ぐ集積となっている。

2000年、婦中地域(当時の婦負郡婦中町)に大型のショッピングモールフューチャーシティ・ファボーレ」がオープンした。また、市の環状道路である草島線及び国道359号沿いの新屋から婦中町速星にかけてはロードサイドショップの集積により一大商圏となっており、活況を呈している。そのため、中川原や掛尾・婦中大橋付近では、休日には大渋滞が発生する。

富山市内のおもなショッピングセンター、大型スーパーについては以下の通りである。

※ウェリントン市は旧大沢野町、残る3都市は旧富山市と締結されている。

上記のほか、富山県に系列局のないテレビ朝日北陸朝日放送などの石川県域民放テレビ各局、読売新聞などの全国紙各紙、北陸中日新聞共同通信社時事通信社などが市内に拠点を有する。

隣接する市町村のうち、鉄道線により直接結ばれているものに限定した。

市内中心部ではコミュニティサイクルアヴィレ」を利用できる。2022年2月現在、ステーション23か所[26]

#美術館、#博物館・資料館も参照

#名産品も参照

安住町 | 一番町 | 越前町 | 大手町 | 桜町 | 新桜町 | 新総曲輪 | 総曲輪 | 西町 | 丸の内

愛宕町 | 牛島町 | 牛島本町 | 内幸町 | 木場町 | 新富町 | 神通本町 | 神通町 | 宝町 | 舟橋今町 | 明輪町 | 安田町

磯部町 | 鹿島町 | 七軒町 | 芝園町 | 諏訪川原 | 平吹町 | 舟橋北町 | 舟橋南町 | 安野屋町

荒町 | 今木町 | 蛯町 | 小島町 | 桜木町 | 白銀町 | 新川原町 | 砂町 | 千歳町 | 常盤町 | 豊川町 | 八人町 | 日之出町 | 本町

石倉町 | 梅沢町 | 上本町 | 五番町 | 三番町 | 辰巳町 | 中央通り | 堤町通り | 古鍛冶町 | 南新町 | 南田町 | 室町通り

泉町 | 稲荷園町 | 稲荷町 | 稲荷元町 | 於保多町 | 北新町 | 館出町 | 千歳町 | 東田地方町 | 東町 | 緑町 | 向川原町 | 柳町 | 弥生町

旭町 | 大泉北町 | 大泉東町 | 大泉町 | 雄山町 | 音羽町 | 清水中町 | 清水町 | 西公文名町 | 元町

太田口通り | 小泉町 | 山王町 | 中野新町 | 西中野本町 | 西中野町 | 星井町

相生町 | 磯部町 | 新根塚町 | 千石町 | 土居原町 | 長柄町 | 西四十物町 | 西山王町 | 西田地方町 | 布瀬町 | 旅籠町 | 花園町 | 堀端町 | 桃井町

今泉 | 今泉北部町 | 大町 | 大泉東部 | 掛尾町 | 大泉中部 | 大泉中町 | 大泉東町 | 大泉本町 | 小泉町 | 太郎丸 | 太郎丸本町 | 西大泉 | 西中野本町 | 西中野町 | 東中野町 | 堀川小泉町

大町 | 大町南台 | 上新保 | 上堀町 | 上堀南町 | 清住町 | 下堀 | 堀 | 堀川天山町 | 堀川本郷 | 堀川町 | 本郷新 | 本郷町

石金 | 音羽町 | 経堂 | 栄町 | 清水元町 | 住吉町 | 長江 | 長江新町 | 長江東町 | 長江本町 | 西長江 | 西長江本町 | 東石金町 | 不二越町 | 元町

 赤江町 | 曙町 | 牛島新町 | 永楽町 | 奥井町 | 奥田寿町 | 奥田新町 | 奥田双葉町 | 奥田本町 | 奥田町 | 窪新町 | 窪本町 | 下奥井 | 下新町 | 城北町 | 久方町 | 湊入船町 | 四ツ葉町

 粟島町 | 下新北町 | 下新西町 | 下新本町 | 千代田町 | 中島 | 松若町

 安養坊 | 石坂 | 石坂東町 | 駒見 | 五艘 | 桜谷みどり町 | 田刈屋 | 田刈屋新町 | 畑中

 金屋 | 五福 | 五福新町 | 五福末広町 | 下野新 | 寺町 | 寺町けや木台 | 鵯島 | ひよどり南台 | 文京町

 有明町 | 有沢 | 有沢新町 | 久郷 | 下野 | 庄高田 | 高田 | 羽根

 岩瀬赤田町 | 岩瀬荒木町 | 岩瀬入船町 | 岩瀬梅本町 | 岩瀬大町 | 岩瀬御蔵町 | 岩瀬表町 | 岩瀬祇園町 | 岩瀬古志町 | 岩瀬幸町 | 岩瀬堺町 | 岩瀬新川町 | 岩瀬新町 | 岩瀬神明町 | 岩瀬諏訪町 | 岩瀬天神町 | 岩瀬土場町 | 岩瀬仲町 | 岩瀬萩浦町 | 岩瀬白山町 | 岩瀬福来町 | 岩瀬文化町 | 岩瀬松原町 | 岩瀬港町 | 東岩瀬町 | 東岩瀬村

 上野新町 | 高畠町 | 千原崎 | 西宮 | 蓮町 | 森 | 森住町 | 森若町

加古町 | 海岸通 | 海岸通新町 | 銀嶺町 | 高来 | 住友町 | 清風町 | 永久町 | 那智町 | 田畑 | 田畑新町 | 田畑北部 | 中田 | 晴海台 | 東富山寿町 | 松浦町

古志町 | 野田 | 浜黒崎 | 針日 | 日方江 | 平榎 | 横越

楠木 | 小西 | 下飯野 | 高島 | 道正 | 野中 | 針原新町 | 針原中町 | 東ケ丘 | 町袋 | 三上 | 宮条 | 宮園町 | 宮成 | 宮成中部 | 宮町

犬島 | 犬島新町 | 上野新町 | 下冨居 | 城川原 | 高園町 | 豊丘町 | 豊島町 | 豊城新町 | 豊城町 | 豊田 | 豊田本町 | 豊田町 | 豊若町 | 水落 | 米田 | 米田すずかけ台 | 米田町 | 緑陽町

新屋 | 新屋新町 | 飯野 | 上赤江 | 上赤江町 | 上冨居 | 上冨居新町 | 下赤江町 | 千成町 | 鶴ケ丘町 | 問屋町 | 中冨居 | 中冨居新町 | 鍋田 | 冨居栄町

綾田町 | 荒川 | 荒川新町 | 上庄町 | 経堂 | 経堂新町 | 新庄本町 | 新庄町 | 新園町 | 田中町 | 常盤台 | 長江東町 | 西新庄

朝日 | 荏原新町 | 大江干 | 大江干新町 | 大島 | 大島新町 | 金代 | 栄新町 | 新金代 | 中間島 | 富岡町 | 日俣 | 開 | 藤代町 | 藤木 | 藤木新町 | 藤の木園町 | 藤の木台 | 藤木中町 | 藤見町 | 町新

秋吉 | 秋吉新町 | 公文名 | 高原本町 | 高原町 | 高屋敷 | 天正寺 | 中市 | 長江本町 | 中川原新町 | 東石金町 | 不二越町 | 山室 | 山室向陽台 | 山室新町

高屋敷 | 中川原 | 中川原台 | 流杉 | 西野新 | 東流杉 | 不二栄町 | 古寺 | 古寺新町 | 町村 | 松ケ丘 | 山室荒屋 | 山室荒屋新町 | 若葉台

石屋 | 太田向陽台 | 大場 | 大宮町 | 太田北区 | 太田中区 | 太田南町 | 昭和新町 | 新名 | 新横内町 | 城ケ丘 | 城新町 | 城村 | 城村新町 | 城若町 | 関 | 中屋 | 西番 | 八川 | 横内

赤田 | 赤田新町 | 朝菜町 | 上袋 | 黒崎 | 小杉 | 新堀町 | 蜷川 | 布市 | 布市新町 | 二俣 | 二俣新町 | 八日町

秋ケ島 | 押上 | 上栗山 | 上八日町 | 経田 | 才覚寺 | 下栗山 | 新保 | 惣在寺 | 塚原 | 南央町 | 任海 | 友杉 | 西荒屋 | 萩原 | 福居 | 南栗山 | 南中田 | 吉倉

青柳新 | 悪王寺 | 安養寺 | 石田 | 上野 | 上野寿町 | 上野南町 | 江本 | 上熊野 | 上栄 | 経力 | 小中 | 島田 | 下熊野 | 杉瀬 | 千俵町 | 辰尾 | 辰尾新町 | 珠泉西町 | 珠泉東町 | 林崎 | 牧田 | 南金屋 | 宮保 | 森田 | 吉岡 | 若竹町

青柳 | 大井 | 開発 | 上今町 | 上千俵町 | 上布目 | 月岡西緑町 | 月岡東緑町 | 月岡町 | 月見町 | 中布目

つばめ野 | 四方荒屋 | 四方一番町 | 四方江代町 | 四方恵比須町 | 四方北窪 | 四方新出町 | 四方神明町 | 四方田町 | 四方茶園町 | 四方西岩瀬 | 四方西野割町 | 四方二番町 | 四方東野割町 | 四方港町 | 四方南町 | 四方

今市 | 田尻 | 寺島 | 利波 | 八町 | 八町東 | 百塚 | 松木 | 宮尾 | 八幡 | 八幡新町

金山新 | 金山新桜ケ丘 | 金山新東 | 草島 | 草島新町 | 富浦町

打出 | つばめ野 | 布目 | 布目旭 | 布目新町 | 布目東町 | 布目緑町 | 布目南町

追分茶屋 | 住吉 | 高木 | 茶屋新町 | 茶屋町 | 花木 | 吉作 | 吉作新町 | 呉羽町

北代 | 北代藤ヶ丘 | 長岡 | 長岡新 | 八ヶ山

大塚 | 北二ツ屋 | 呉羽野田 | 中沖 | 野口 | 野町 | 本郷

境野新 | 杉谷 | 栃谷 | 西金屋 | 古沢

願海寺 | 願海寺新町 | 中老田 | 西二俣 | 野々上 | 東老田

池多 | 北押川 | 三熊 | 西押川 | 平岡 | 開ヶ丘 | 山本

水橋朝日町 | 水橋市江 | 水橋市江新町 | 水橋稲荷町 | 水橋新舘町 | 水橋新大町 | 水橋新町 | 水橋舘町 | 水橋田町 | 水橋地蔵町 | 水橋中大町 | 水橋中出町 | 水橋中村栄町 | 水橋中村新町 | 水橋中村町 | 水橋西天神町 | 水橋西出町 | 水橋西浜町 | 水橋東舘町 | 水橋東天神町 | 水橋東出町 | 水橋東浜町 | 水橋明治町

水橋荒町 | 水橋今町 | 水橋印田町 | 水橋駅前 | 水橋川原町 | 水橋山王町 | 水橋昭和町 | 水橋新堂町 | 水橋新保 | 水橋新保新町 | 水橋大正町 | 水橋立山町 | 水橋辻ヶ堂 | 水橋中町 | 水橋西大町 | 水橋畠等 | 水橋花の井町 | 水橋浜町

水橋石政 | 水橋伊勢領 | 水橋開発町 | 水橋鏡田 | 水橋堅田 | 水橋上桜木 | 水橋上砂子坂 | 水橋狐塚 | 水橋小池 | 水橋恋塚 | 水橋高志園町 | 水橋五郎丸 | 水橋桜木 | 水橋下砂子坂 | 水橋下砂子坂新 | 水橋柳寺

水橋池田舘 | 水橋池田町 | 水橋伊勢屋 | 水橋市田袋 | 水橋入江 | 水橋沖 | 水橋肘崎 | 水橋開発 | 水橋金尾 | 水橋金尾新 | 水橋上的場 | 水橋柴草 | 水橋小路 | 水橋新堀 | 水橋常願寺 | 水橋高堂 | 水橋中新町 | 水橋中村 | 水橋入部町 | 水橋番頭名 | 水橋二杉 | 水橋二ッ屋 | 水橋的場

水橋石割 | 水橋金広 | 水橋北馬場 | 水橋小出 | 水橋佐野竹 | 水橋清水堂 | 水橋上条新町 | 水橋専光寺 | 水橋大正北部 | 水橋大正南部 | 水橋高寺 | 水橋田伏 | 水橋中馬場 | 水橋平塚 | 水橋曲淵

今泉西部町 | 黒瀬 | 黒瀬北町 | 新根塚町 | 太郎丸西町 | 布瀬本町 | 布瀬町南 | 根塚町 | 二口町

一本木 | 荏原 | 上飯野 | 上飯野新町 | 金泉寺 | 五本榎 | 新庄北町 | 新庄銀座 | 新庄本町 | 新庄町 | 手屋 | 中野新 | 宮成新 | 向新庄 | 向新庄町

芦生 | 今生津 | 小糸 | 寺津 | 布尻 | 東猪谷 | 伏木 | 舟渡 | 町長 | 吉野

下伏 | 小羽 | 須原 | 葛原 | 土 | 長川原 | 根上

市場 | 大野 | 小黒 | 坂本 | 直坂 | 寺家 | 二松 | 松野 | 万願寺 | 南野田 | 横樋

稲代 | 岩木 | 岩木新 | 牛ケ増 | 春日 | 加納 | 上大久保 | 上大久保北新町 | 上大久保栄町 | 上大久保東新町 | 上二杉 | 笹津 | 下タ林 | 高内 | 長走 | 長附 | 西大沢 | 西塩野 | 東大久保 | 南花園町 | 八木山

大久保新町 | 上大久保 | 合田 | 塩 | 下大久保 | 下大久保新町 | 下大久保東ケ丘 | 下大久保緑町 | 新村 | 神通 | 中大久保 | 東大久保

 大山上野 | 大山北新町 | 上滝 | 中滝 | 三室荒屋

新町 | 大山松木 | 岡田 | 小見 | 亀谷 | 才覚地 | 中地山 | 西小俣 | 原 | 東小俣 | 本宮 | 本宮花切割 | 粟巣野 | 牧 | 水須 | 文珠寺 | 和田 | 奥山 | 長棟

大栗 | 小原屋 | 上大浦 | 桑原 | 下大浦 | 下番 | 善名 | 田畠 | 津羽見 | 中番 | 中大浦 | 花崎 | 馬瀬口 | 南大場

馬瀬 | 大清水 | 大双嶺 | 大山布目 | 楜ヶ原 | 小坂 | 下双嶺 | 瀬戸 | 日尾 | 東黒牧 | 東福沢 | 牧野

八尾町今町 | 八尾町鏡町 | 八尾町上新町 | 八尾町下新町 | 八尾町諏訪町 | 八尾町天満町 | 八尾町西新町 | 八尾町西町 | 八尾町東新町 | 八尾町東町

八尾町奥田 | 八尾町上高善寺 | 八尾町高善寺 | 八尾町新田 | 八尾町石戸 | 八尾町舘本郷 | 八尾町田中 | 八尾町平林 | 八尾町福島 | 八尾町松原 | 八尾町翠尾 | 八尾町水谷 | 八尾町三田 | 八尾町妙川寺

八尾町井田 | 八尾町井栗谷 | 八尾町薄島 | 八尾町大杉 | 八尾町上井田 | 八尾町上井田新 | 八尾町黒田 | 八尾町寺家 | 八尾町城生 | 八尾町杉田 | 八尾町中神通 | 八尾町西神通 | 八尾町野飼 | 八尾町深谷 | 八尾町丸山 | 八尾町滅鬼

八尾町梅苑町 | 八尾町角間 | 八尾町掛畑 | 八尾町上黒瀬 | 八尾町上笹原 | 八尾町桐谷 | 八尾町下笹原 | 八尾町茗ケ原

八尾町天池 | 八尾町上野 | 八尾町尾久 | 八尾町窪 | 八尾町坂ノ下 | 八尾町柴橋 | 八尾町須郷 | 八尾町高尾 | 八尾町高熊 | 八尾町高橋 | 八尾町竹ノ内 | 八尾町谷内 | 八尾町中 | 八尾町野須郷 | 八尾町細滝 | 八尾町峯 | 八尾町宮ケ島 | 八尾町柚木 | 八尾町和山

八尾町岩屋 | 八尾町樫尾 | 八尾町小長谷 | 八尾町東坂下 | 八尾町外堀 | 八尾町宮腰

八尾町青根 | 八尾町赤石 | 八尾町油 | 八尾町上ケ島 | 八尾町桂原 | 八尾町上田池 | 八尾町下田池 | 八尾町下乗嶺 | 八尾町新名 | 八尾町高峯 | 八尾町道畑下中山 | 八尾町西葛坂 | 八尾町西川倉 | 八尾町西松瀬 | 八尾町布谷 | 八尾町乗嶺 | 八尾町東葛坂 | 八尾町東川倉 | 八尾町東布谷 | 八尾町東松瀬 | 八尾町水口 | 八尾町宮ノ下 | 八尾町八十島

八尾町入谷 | 八尾町大下 | 八尾町大玉生 | 八尾町上仁歩 | 八尾町倉ケ谷 | 八尾町下仁歩 | 八尾町中仁歩 | 八尾町平沢 | 八尾町正間 | 八尾町三ツ松 | 八尾町武道原

八尾町新屋 | 八尾町庵谷 | 八尾町内名 | 八尾町上牧 | 八尾町高野 | 八尾町島地 | 八尾町清水 | 八尾町杉平 | 八尾町栃折 | 八尾町中山 | 八尾町花房 | 八尾町東原 | 八尾町水無

婦中町板倉 | 婦中町笹倉 | 婦中町砂子田 | 婦中町西ヶ丘 | 婦中町速星 | 婦中町響の杜 | 婦中町袋 | 婦中町蛍川 | 婦中町増田 | 婦中町麦島

婦中町鵜坂 | 婦中町上轡田 | 婦中町上田島 | 婦中町希望ケ丘 | 婦中町下轡田 | 婦中町下坂倉 | 婦中町田島 | 婦中町塚原 | 婦中町西本郷 | 婦中町羽根新 | 婦中町東本郷 | 婦中町分田 | 婦中町宮ケ島 | 婦中町夢ケ丘

婦中町小泉 | 婦中町下条 | 婦中町友坂 | 婦中町安田

婦中町新屋 | 婦中町地角 | 婦中町田屋 | 婦中町中島 | 婦中町成子 | 婦中町浜子 | 婦中町広田 | 婦中町余川 | 婦中町横野

婦中町青島 | 婦中町清水島 | 婦中町下井沢 | 婦中町十五丁 | 婦中町添島 | 婦中町蔵島 | 婦中町為成新 | 婦中町道喜島 | 婦中町道場 | 婦中町中名 | 婦中町ねむの木 | 婦中町萩島 | 婦中町堀 | 婦中町持田

婦中町新町 | 婦中町小長沢 | 婦中町下邑 | 婦中町高塚 | 婦中町長沢 | 婦中町羽根 | 婦中町蓮花寺

婦中町牛滑 | 婦中町上野 | 婦中町大瀬谷 | 婦中町皆杓 | 婦中町上瀬 | 婦中町三瀬 | 婦中町下瀬 | 婦中町外輪野 | 婦中町高山 | 婦中町平等 | 婦中町道島 | 婦中町東谷 | 婦中町東山 | 婦中町細谷 | 婦中町鶚谷 | 婦中町葎原 | 婦中町吉住 | 婦中町吉谷

婦中町小倉 | 婦中町上井沢 | 婦中町上吉川 | 婦中町河原町 | 婦中町島田 | 婦中町下吉川 | 婦中町高日附 | 婦中町千里 | 婦中町富川 | 婦中町富崎 | 婦中町熊野道 | 婦中町余川

山田谷 | 山田鍋谷

山田赤目谷 | 山田鎌倉 | 山田北山 | 山田小島 | 山田小谷 | 山田白井谷 | 山田中瀬 | 山田中村 | 山田湯 | 山田若土

山田今山田 | 山田清水 | 山田沼又 | 山田牧

山田宿坊

庵谷 | 岩稲 | 西笹津 | 楡原

猪谷 | 片掛 | 蟹寺

越中富山の置き薬
薬師岳山荘
駅北ブールバール
富山市中心部周辺の空中写真。1975年撮影の10枚を合成作成。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成。
佐々成政
富山城
平成初頭に整備が進んだ富山駅北地区のランドマーク「タワー111
2015年の富山駅
ガラス美術館などが入るTOYAMAキラリ
街中にステーションが設けられたレンタサイクル「アヴィレ」
富山県庁
北陸電力本店
北陸銀行本店
総曲輪フェリオ
グランドプラザ
マリエとやま
CIC
富山大学杉谷キャンパス
富山空港
富山駅
新幹線ホーム
神通峡
八尾の町並み